interview

インタビュー

新感覚バイク番組「Ride & Life」のスーパーバイザーを務めながら、自身でバイクレースにもエントリーする江本陸。
これまでバイク&サーフ関連のコンテンツを多角的に発信してきた立場から、そして今回のbonnneville photographyのプロデューサーとして、バイクとの出会いからアメリカンカルチャーまで話は及んだ。

増井さんとの出会い、
バイクカルチャー、写真集への想い

増井さんとはある出版社のバイク雑誌のコラムを書かせていただいたときから挨拶をする程度には面識はあったのですが、彼が仕事として撮っているものではない写真、つまり今回のbonneville photographyを増井さんのネット上でたまたま見たんですね。そのとき、あれ?ちょっと待てよ、これはいつもの増井さんとは一味違うぞと思って。こんないい作品が一部の人にしか知られないのはもったいないなと。これらを大々的に発表することで増井さん自身も専門誌のカメラマンというポジションから、いわゆるフォトグラファーへステップアップしていけるんじゃないかなと強く感じたんです。もちろん現在もバイクカメラマンとして第一線で活躍しておられますが、この活動を作品集としてきちんとカタチにできたら素晴らしいものになるんじゃないかと思い始めたのが最初ですね。
そもそもなぜそのように思い付いたかというと、いま僕はバイクのTV番組のスーパーバイザーをやらせていただいていまして。その中で感じるのは、日本はオートバイ生産国として世界的に認められていますけど、カルチャー、つまりソフトとしてのオートバイの打ち出しでは遅れをとっています。今回、その部分をこれらの写真で少しでも埋めていきたいという想いがあったからです。もともと私はバイクに限らず、アートワークというものに興味があったので、バイカーの方々はもちろんですが、あまりオートバイに興味のない一般の方たちにこそ、この写真からバイクカルチャーの素晴らしさを感じ取ってもらえたらと思ったのが始まりでした。  

表現したいのは、自然という
フィールドを舞台にしたアメリカンカルチャー

photo: taisuke yokoyama

3年ほど前から増井さんにアートシーン寄りのバイクの写真集を作りたいという話を持ちかけていて。その後、今回版元を引き受けていただいたブエノ!ブックスの上平さんに提案。ブエノ!ブックスさんはサーフィンやスケートボードシーンをメインに出版されている会社だったので、いきなりバイクの写真集をやろうといってもなかなか難しく、時間をかけながらお話を続けてきたのです。何度かお話するうちに、上平さんから「うちもヨコ乗りばかりじゃない、違う世界も見せていけたら」という意見をいただきました。バイク、サーフィン、スケートボードもアメリカンカルチャーの中にあって、日本のようにジャンルごとに切り離されていません。上平さんも波乗りを長年やられていて、視野も広い方。カリフォルニアでは波乗りもバイクもマルチで楽しんでいることはご存知だったので、同じアメリカンカルチャーの中のワンシーンだと捉えることができるはず、と意見が一致。しかもボンネビルの場合は、(人工的に作られた)クローズサーキットではなく、ユタの大自然の塩平原で行われている。それは刻々と状況が変わる海や山と同じように、天気や時間によって路面が湿ったり、乾いたりと変化していく。要は自然が相手。決して一定ではない。自然を相手にオートバイに乗っているか、サーフィンしているかの違いはあっても、人間がやっていることには変わりがない。つまり、自然というフィールドを舞台にした、人間の表現方法として捉えてみよう。自己表現の装置としてオートバイがあるというだけ。そんな話をしていたら、その見方は面白いねとなって…。そんな感じで2016年の春くらいに増井さん、上平さんの3人でよく話をしていたんです。

想いをカタチに
自然な流れでプロジェクトへ

そして夏になる前に、毎年ボンネビルに行っていた増井さんと話を詰めつつ、今回はアーティスティックな部分を意識した、今までとは違う角度からの写真も、と話が具体的に進んでいった。もともと仲間であり、グラフィックデザイナーの若月くんはじめ、彼が所属するスタヂオ・ユニさんに声を掛けて写真集のプロジェクトがスタートしました。そしてホームページが出来て、フェイスブックで日々更新していっていると。これはひとつの偶然と言うよりも「これはやったほうが良い」という、自然な流れかなと。どんなに素晴らしいことでも、タイミングとか人間同士の「気」とかエネルギーが合わないと物事って成立しない気がするんですね。今回はみんなが同じ目線と想いでいるので、それぞれの持ち分を発揮しながらスムーズに進んでいると思います。

少年時代に出会ったバイク、サーフィン
そしてレーサーの道へ

バイクとの関わりは十代からですね。小学生のときにカブに乗ったのが最初。鎌倉の自宅近くの空き地で、たまたま友だちのお父さんに乗せてもらって、ひとりで乗ってみたらすぐ乗れちゃったんです。それが楽しく楽しくて。そんな感じで子どもの頃からレーサーになりたいと思ってましたね。自転車に乗ってもスピードを出すことが好きでしたから。自転車からオートバイになって遠くまで行けるようになって世界が広がったなんてよく言われるけど、僕はそんなツーリングタイプではなく、スピードを出すことが好きだったんですね。体感というか意識というか、スピードの中に身を置くと言うこと自体が本能的に好きなのかも。自転車に乗っても坂道でバスを追い抜くことに命を懸けたりしてました(笑)。
レーサーに憧れたきっかけは、近所に福澤諭吉のひ孫さんで福澤幸雄さんというカーレーサーでファッションモデルとして当時一世を風靡された方の影響も大きかったですね。福澤さんがうちの近所を走るたびに窓から首出しては見入ってました(笑)。そして、ある日テレビを見ていたら、全日本ロードレース選手権を生放送していて。カーレーサーを夢見ていた私は、それを見た瞬間、視線は四輪から二輪へと変わりました。学生時代もずっとレーサーになりたくて、レーシングバイクを買おうとアルバイトするんですけど、お金を貯めては波を求めて旅に出るようになっていきました。サーフィンといっても私は「ニーボード」という特殊な世界を追求していて、コンペティションではなく、東南アジアから南アジア、南米など、まさに旅をしていました。たぶん、自分の民族として混ざっている血※がいろんな国へ行きたい、文化に触れたいという欲求を生んでいると思うんですね。そんな暮らしを続けていくうちにサーフィン雑誌などに紀行文を書くようになりました。また、コンペティションの世界ではJPSA(日本プロサーフィン連盟)の試合の審査員も16年間ほどやったり。でもある日突然、コンペの世界に興味が無くなってしまって。仕事も徐々にオートバイのほうに向いてきて、今に至るという感じですね。
※江本氏の祖父はパーシー族(アーリア系インド人)。

大雨の中、初レースで横転
レーサーとして「47歳からの挑戦」

photo: shogo nakao

より一層、オートバイの世界に入っていったのはある企業家の方が私に相談があるということで仲間から引き合わされて、オートバイの話になって。私がクラシックバイクのレースに出たいと伝えたら、オートバイからすべて手配してくれたんです。元GPライダーで『ライダースクラブ』元編集長 根本健さんの勧めもあって、それではレースに出てみようと。初めてのレースは豪雨の筑波サーキットでした。雨で中止の声も聞かれる中、出場したら3周目くらいで見事に転んでしまいました。ケガはなかったんですが、救急車は出るわ、レースは中断するわで、翌日、協力してくださった方々に謝りに回って。でも自分の中ではレースへの強い想いが増していきました。そのとき私は47歳。根本さんの声がけから『BikeJIN』という雑誌で、レースに向けた日常をテーマにした「47歳からの挑戦」という連載コラムを一年間いただき、次第にバイクが仕事化し始めました。
また、雑誌『ライダースクラブ』でバイクとサーフィンのライフスタイルを「エンジョイライディング,サーフィン&ロード」というページで綴ったりも。今年(2017年)で61歳になりますけど、毎年最低でも4レース、多いときは7レースに出場しています。みなさんのバックアップのもと、走らせていただいているのが現状です。身体のしんどさ?無いですね。それよりピットから出て、スタートラインに並ぶとドンと落ち着くんです。ただ自分のレースをすればいいという感じです。出る最大の理由は、プロになれなかった自分がこの歳になってもレースに出られる喜びを人一倍感じているから。ただただ走ることが好きなんですよ(笑)。

人工物と大自然の融合、
多様さもボンネビルの魅力

ボンネビルの面白さはやっぱり太古の産物というか地球が残してくれた特殊な環境の中で、果てしなく続く塩の平原を機械的な人工物でスピードの限界にチェレンジすること。素晴らしいと思います。『世界最速のインディアン』は試写会も含めて10回以上観ていますが、毎回感動します。人間同士のふれあいが全てですね。最新型のマシンもあればヴィンテージもある。その中でみんなそれぞれの目標に向かってチャレンジしていく。どんなレースでもそうですが、all or nothing の面白さに惹かれますね。

オートバイが好きなら、
ジャンルやスタイルは関係ない

カスタムバイクについては、僕も旧車のトライアンフをベースに自分でデザインしたバイクを特注したりもしていましたが、これでないとダメということはありません。カスタムも人のキャラクターの数だけそれぞれ好きなスタイルがあっていい。僕が手掛けている『Ride & Life』というTV番組もレースシーンで活躍されている方やサーファー、アーティスト、フォトグラファー、雑誌編集者など、多彩な方々が出演されています。ただ「オートバイ好き」という共通項があるだけで、出演者のジャンルは決めていません。ジャンルが違ってもコミュニケーションしてみたら互いの良いところを見出せると思う。ヨーロッパなどではイベント自体がジャンル分けされずに開催されています。例えばフランスの「ホイール&ウェイブス」。サーフィンからオートバイのレース、音楽もあるフェス。私も日本で仲間たちとそんなイベントを仕掛けたいなと思って少しずつ動き始めています。一般の方が来ても楽しめる、新しいタイプのイベントをやりたいなと。
ジャンル不問について、もうひとつ。ブルース・ブラウンの作品で、サーフィンでは『エンドレス・サマー』。バイクで言うと『オン・エニィ・サンディ』。日本ではそれぞれファンが別れていて、なかなかひとつに結び付かない。息子のデイナ・ブラウンにインタビューしたときに彼が言うには「バイクもサーフィンも同じように一緒に楽しんでるだけで何も特別なことじゃない、とても自然なことなんだよ」と。

日本のバイクシーン、
世界のレースシーンについて

日本のレースが欧米に比べて盛り上がりがないのは事実。GPライダーのバレンティーノ・ロッシも「日本はすごく良いオートバイを作るけど、文化が無いよね」と言っていた。例えば、英国のマン島TTレース。地元の街のおじいさん、おばあさんでも選手の名前をみんな良く知っていますよね。日本で言う相撲の番付じゃないですけど、ある年のレースのウィナーも覚えている。レースが生活に密着しているんでしょうね。アメリカもそう。レースの世界はエントリーの幅が広い。グランプリ形式のロードレースからモトクロス、このボンネビルのように直線でバイクの限界にチャレンジするランドスピード…。日本は広がりが無いんですよね。オートバイというといまだに「危険、不良」というイメージが付きまとっていて。最近では幼い頃からポケバイで英才教育を受けてGPライダーになっていったりもしますけど、それもまだまだ一部。普段の生活の中でのオートバイの楽しみ方というものがあまりにも無いですよね。世界的には〈DEUS〉をはじめ、「サーフ&バイク」が混ざり合って盛り上がってきていますけど、日本もようやくという感じです。乗る、乗らないじゃなくて、バイクは素敵なもの。もちろん、バイクは危険を伴います。だからといって、子どもへの教育でも「危険だからダメ」ではなくて「どうやったら正しく乗れるか」を教えてほしいですね。危険だからこそレーサーは慎重だし、緻密で神経質。ただ根性や度胸だけでやっているわけじゃない。オートバイもきちんとメンテナンスして、安全第一で走る。スピードを出すから危ないというわけではないんです。
オートバイは極めていくと、芸術やアートの世界と同じ。サーフィンも極めていくと、その人の感情を波に描いていける。共に人間の表現として素晴らしいものだと思っています。道具がボードやバイクというだけであって、表現者として見ていくと面白い。当事者からクルー、メカニック、関わっている人たち含めての大きなエネルギーの塊から、完璧なバイクで完璧なメイクが出来て、最上の結果を出していけるんです。

「bonneville」に込めた
さまざまなメッセージ

写真集は、作って出版してハイ終わりと言うことではなくて、その写真集をめくるたびに、ソルトフラッツの自然の素晴らしさ、大小それぞれのバイクが目標を持って走る健気さ、自然と反自然的なものの出会いの面白さ。そこに魅了され、自費で毎年のように通う増井さんの想い、なぜそこまでするのかということを読み解いてもらえたら。
また、現地ではボンネビルの塩平原の塩を守ろうという「SAVE THE SALT」という活動も行われています。この動きにも写真集の売上げからドネーションというカタチでフォローしていきたいですね。この地球という貴重な環境で楽しませてもらっているという認識が大切。トライアンフに「ボンネビル」というバイクがありますが、1956年にボンネビルのレースで当時の最高記録を出したことからネーミングされた。そんな由来からもオートバイの魂の原点がボンネビルにはあるような気がしています。
これまで私もいろいろと調べてみたんですが、今までのオートバイの写真集ってハードカバーで立派なものはたくさんあるんです。しかし、どうしてもオートバイ自体が全面に出ていて、その背景にあるものっていうのがなかなか見えてこない。人の想いや生きざま、奥底にあるもの…。人間らしさとでも言えば良いかな。イメージしているのは、書店で一般の写真集のコーナーに一緒に並んでいて、実際に手にとってもらった人にアートブックのひとつとして認識してもらい、そこからオートバイの世界がゆっくり開いていくといいなと思っています。

RIKU EMOTO / 江本 陸 
1956年4月鎌倉生まれ。
1973年高校2年の夏、約2ヶ月に及ぶエジプト、ヨーロッパ各地への自転車旅行を敢行。祖父がパーシー族(アーリア系インド人)のため、文化学院在学中より民族学に興味を抱き、卒業後、サーフボードとともに、東南アジア、南アジア、南米を旅する。2003年より念願だったロードレースに参戦中。2016年LLC.RECLICKを設立。新感覚バイク番組『Ride & Life』のスーパーバイザーをはじめ、bonneville photographyのプロデューサーとしてバイク文化の普及に努める。