interview

インタビュー

メンズのラグジュアリーライフスタイル誌として圧倒的な人気を誇る『LEON』のブランディングマネージャー兼新規ウェブ事業の編集長 前田陽一郎のもうひとつの顔。それは数々のオートバイを所有し乗りこなしてきた、ひたすらにオートバイを愛する人。その豊富な履歴とともに、所有するボンネビル、彼の地ボンネビルへの思いを語ってもらった。

YOICHIRO.MAEDA

写真/安井宏充

オートバイってかっこいいなと
思った頃のベーシックな一台へ

僕にとってベーシックなオートバイとは70年代中頃のモデルに行き着きます。諸々意見はあるでしょうが、基本的なオートバイの有り様は60年代後半から70年代前半までに完成の域に到達して、以降は性能の向上とともに、用途に合わせて専門性を増し、細分化していきますよね。例えば60年代前半までは数々の写真や映像、映画を観てもわかる通り、ダートにしろ舗装トラックにしろ、基本的には同種のオートバイにダートタイヤを履かせたり、カウルを装着したりして対応していましたから。そこから用途毎の車種が開発されるようになるのが70年代。つまりオートバイのスタンダードは、用途別にオートバイが細分化されるまさにその頃にあると思っているんです。
とはいえ所有してきたオートバイは本当に雑多です。ダートライドにはまって、林道やダートコースを走り回っていたこともあるし、クラシックモデルを修理したりカスタムしたりして楽しんだ時期もありました。完全に日常の足としてオートバイが生活の一部になっていたのは20代後半から40代前半までの10数年間ですね。数台のBMWを乗り継いだんですが、どれも一年で2万キロ以上は走りましたから。そんなオートバイとの付き合い方が劇的に変わったのが42歳、ちょうど編集長になった頃です。スーツでいる時間が増えて、クルマや電車での移動に生活が変化していった時期でした。ある日、当時所有していたR1100RTのエンジンをかけようとしたら、バッテリーがあがってたんです。人生初のことでした。オートバイに乗ることが日常だったのに、バッテリーをあげるほど乗らなくなってしまったという現実がとてもショックでしたね。一方で、そもそもオートバイという存在そのものが好きだったのに、いつのまにかただの道具になってしまっていたことにも気付かされたりもして。だったらもう一度ベーシックな、自分がオートバイって格好いいと思った頃の一台を自分の手に取り戻したいと思ったんです。そんな折、業界の知り合いの方から「売る」というよりも「乗ってくれ」というニュアンスで譲っていただいたのが今所有しているトライアンフのボンネビルT100です。日常の足としても使えて、オーソドックスなオートバイらしいデザインを保っているところが気に入った点でしたね。ただ、それでも気になる箇所はいくつもあって。1974年のT140を参考に、モディファイしていき、今の形に落ち着くまでにかなりカスタムしました。もちろん1956年のボンネビル・スピードウェイで当時のワールドレコードを叩き出したモデルに由来するという背景も魅力のひとつではありましたね。

年間200日、
ツーリング無しで2万キロ

基本的にオートバイは乗ってなんぼだと思ってます。ヤマハのSR400から乗り始めたので、僕のオートバイの原体験は基本設計が70年代のモデルなんです。とにかくオートバイらしいオートバイに乗りたいという欲求が20代の頃は強く、TX650やGX750と70年代のヤマハ車を乗り継ぎました。29歳の時にCB750FBボルドールを知人から譲ってもらってから距離を走るということの面白さに目覚めて…。カウリング効果が素晴らしく良くて、真冬でも快適に乗れましたね。真冬に高速道路を走る気持ち良さに気付かせてくれたのはボルドールです。その頃からですね、急速にオートバイが生活そのものになっていったのは。ツーリングにも行かないのに、年間に2万キロ走っていましたから。当時、通勤で八王子〜神保町を往復していたんですが、一日100キロで2万キロ、つまり年間200日乗っていたと。でもさすがにボルドールでは毎年ヘッドを開けてのメンテナンスが必要になっちゃうんで、乗り換えたのがBMWでした。荷物を積載できて、ジャケットでもサマになり、全天候で快適で、さらにタフ。最高でしたね。雪の日以外はほとんど毎日乗っていました。

ただ真っ直ぐ走るシンプルさに
あらゆる知恵を結集するという面白さ

僕が知るボンネビルでのレースってとてもシンプル。「2個のタイヤとエンジンで何キロ出るか?」ということですからね。すごくシンプル。今は情報がありすぎて、旋回性能がどうとか耐久性がどうとか、スペックが複雑に絡んでくる。馬に始まり、人間が乗りものを手に入れて以来、「誰が一番早いんだ?」という、ごくシンプルな疑問を問い続けているレースはもはやほとんどなくなりましたから。ボンネビルって最もシンプルなオートバイの楽しみ方だと思います。もちろんオートバイのレースには多種多様な楽しみ方があって、どれも否定されるべきではないのは言うまでもありません。でも、ただ真っ直ぐ早く走るだけという、そのシンプルな中にあらゆる知恵を結集して、大の大人が時間とお金をかけて挑んでいるのって、素敵じゃないですか。しかも舗装されていない塩の平原!僕もクラシック部門に出てみたいと思うけど、たぶん無理ですね(笑)。

マシンと人間のバランスが
いかに美しく取れているか

この写真集に期待するのは、その真っ直ぐ走るという中でどれくらいマ シンと人間の美しいバランスが取れているかというところ。他のオートバイのレースは必ずと言っていいほど、旋回している姿の写真が多い。ボンネビルの場合、レーサーはただ身体を前にふせているだけ。スピードだけを追求したオートバイの美しさを見てみたいですね。

過去に所有したバイク(所有順)

オンロード:
YAMAHA SR400 / SR500 / GX750 / TX650 / XS650
HONDA CB750FBボルドール
YAMAHA RZ250
BMW K100RS × 2 / R1100RT
TRIUMPH bonneville T100
オフロード:
HONDA XLR250
HONDA XR250
SUZUKI DR250
KAWASAKI KLX250
YAMAHA TY250Z

YOICHIRO.MAEDA / 前田 陽一郎 
1969年生まれ。大学在学中からライターとして 男女ファッション誌に関わる。卒業後は内装・店舗建築の最大手乃村工藝社に入社。 傍らでフリーのイラストレーターとして雑誌に関わる。95年に祥伝社『Boon』に参画し、ストリートファッションというカテゴリーを確立させるという異色の経歴を持つ。2005年より『LEON』に副編集長として加わり、 2011年10月より編集長に就任。今年3月からはレオン・ブランディングマネージャー兼ウェブレオン編集長に就任。オートバイ所有歴は過去16台以上を数える。オフロード6時間耐久レース、DE耐!などにも出場経験有り。車、自転車にも造詣が深く、かつそれらを自分の手でいじるなどガレージワークも得意。
http://www.leon.jp/