interview

インタビュー
YOSHI.MIENO x RIKU.EMOTO

16歳でバイクに出会い、18歳でサーフィンにはまり単身ハワイへ。以来、関西を中心にファッションを通して、多彩なアメリカンカルチャーを広め続けてきたサーフ&バイクのリビングレジェンド 三重野美夫氏。今回は『bonneville』のプロデューサー 江本 陸と久しぶりに再開し、バイクとサーフィンがミックスしたライフスタイルをテーマに対談していただいた。

※以下、(右)三重野美夫:Y、(左)江本 陸:R

バイクもサーフィンも同じように楽しむ
それは、昔から自然なことだった

R:
日本はライフスタイル的に見ても以前から単一のライフカルチャーに分けられがちだから、サーフィンはサーフィン、バイクはバイクというようになんとなく分けて考えられてきたようなところがあるでしょ。最近DEUSとか注目されているように、シンクロして「サーフ&バイク」や「サーフ&ライド」のようなミックスされたライフスタイルが出来上がりつつあるよね。
Y:
今でこそそんな感じだけど、でも僕らは昔から普通にどっちも同時に楽しんできたと思う。ウルワツなんかに通うのも、肩からサーフボードかけてバイクに乗って…。
R:
そうなんだよね、だから別にびっくりすることでも新しいことでもなくて…。今、世の中でそれがカッコイイことのようになってきている。だけど、気がつけば僕らはお互いもう60歳を過ぎている(笑)!ところで、バイクはいつからどんなのに乗ってきたの?
Y:
やんちゃだったから10代から乗ってた。一番初めがダックス。クラッチ付き。つぎがKAWASAKIのマッハ3。やんちゃだったから言うたら“走り屋”ですわ。
R:
俺もSSの350は乗ってた!
Y:
あんまり周りで乗ってるヤツいなかったでしょ?僕の場合はたまたまそれ乗ってる友だちがいて、時代の流れというか暴走族とまではいかないとしても、かっこいいヤツはバイク乗っていて、サーフィンもやってるという感じ。その頃先輩でカリフォルニアから帰ってきた人がいて…。
R:
サーフィンとバイクどっちが先なの?
Y:
バイクかな。
R:
そうだよね。俺たちが子どもの頃って世の中でサーフィンがまだそんなにフィーチャーされてないから、バイクがある意味、身近だったんだよね。
Y:
だから高校入ってすぐバイク、サーフィンは高校2年からだから1年くらい後なのかな。
R:
バイクの映画「On Any Sunday」やサーフィンの「Endless Summer」を撮ったブルース・ブラウン。その彼の息子 デイナ・ブラウンに会ったとき「サーフィンとバイク、どんな風にすみ分けしてるの?」って聞いたら「別に分けることじゃないよ、どっちも昔から普通に楽しんでるよ」って。で、まさしくそうだなって。これはもうライフスタイルだよなって。
今回の『bonneville』自体がTAKAにとってのライフワークだけど、サーフィンもバイクも好きな俺が「この写真だ」って感じて、このプロジェクトが進んでいるんだよね。
Y:
これも縁だし、カリフォルニアでは昔から普通にサーファーはバイクに良く乗っているし。今でこそメディアに取り上げられてるけど。
R:
YOSHIの場合は頻繁にカリフォルニアに通ってそういうシーンを目の当たりにすると、余計、そんな印象を受けるでしょ。
Y:
そう。普通に当たり前にクルマに乗るよりバイクかなと。クルマも横になれるエコノラインに乗ってるから。故障しても直してそれに乗るという。
20歳で初めてハワイからアメリカ本土に行って。あの頃ってまだビザがあって一年間居られたから。原宿でサンタモニカという古着屋をやってる北島さんという方にたまたまアメリカで世話になって、それから古着を日本に輸入するようになって。その頃はウェアハウスに行ってはリーバイスとチェックのシャツを分けたりしながら働いて、サーフィンも楽しんでました。あの頃、何もかもが最高でした。古着とサーフィン、そればっかりね(笑)。
R:
僕の場合は兄弟とか叔母とかが海外に住んでるし、クォーターなんだけど、意外と思われるかも知れないけど、アメリカには行ったことがないの。ハワイも人生で1回だけ。
Y:
ええっ、ほんとに?
R:
そう。俺、大野薫との付き合いからニーボードに乗ってたからコンペティションとか関係無いし。若いときからトラベラーになっちゃったからアジアばっかり行ってたの。だからカリフォルニアっていうのは、幼稚園の頃から叔母さんにウェスタンブーツとかもらって履いたりはしてるけど、行ったことはないの。だから当時の若者とはちょっとスタンスが違うのかも。
Y:
ほんと?ずっとアメリカに居てはるもんとばかり思ってた。そうなんですか。びっくり。じゃ行きましょうよ、この写真集をきっかけにしてアメリカに(笑)。一昨年、HOTBIKEの池田伸をアテンドしてカリフォルニアのバイクビルダーを取材しに回ったんですよ。そこからまた派生するサーフィンだったり服だったりを見て回りました。
R:
いいね、こんどそんな旅をしながら写真集を作りたいね。
Y:
HOTBIKEはバイクだけなのでね。
R:
そう、バイクやサーフィン、カルチャーまで含めたライフスタイルをとらえた写真集ね。TAKAに撮ってもらってさ。

旅、レース、雑誌…
今も尽きないバイクへの思い

Y:
いま乗ってるのはBMWのカフェの1996年最終のモデル。たまたまこの間、東京でエイ出版の稲妻フェスに出ていて、歳とともにいろいろ整理していかなあかんあとアメリカの雑貨とかを出品したら、良く売れたんですよ。その売上で、じゃ旅バイクを探そうと。何がいいかな、キャブが良いかなと。前に乗ってたハーレーのヘリテイジソフテイルに12年間乗ってた。これが調子良くて、その同じ感じでキャブを探していた。この前カリフォルニアでロードキングをレンタルしてずっと山の中を走っていて。重そうに見えて乗り心地は軽いんですよ。でね、アメリカでも旧車が値上がりしていてナックルが800万とか。でも11年前頃のバイクがちょっと乗って飽きちゃって売る方が多いと聞く。多い分、値段が安い。このあたりが狙い目。僕らは古いバイクに価値を感じるけど、メンテがなかなか大変。だから古くなく新しくないモデルが旅には良いかなと。サーフィンをやりに四国にはバイクでよく行くんですよ。で、今乗ってるのがカフェなので、デイパック背負って肩凝って…。
R:
俺も749Rで旅したら疲れたもん(笑)。サーキット走るのは良いけど…。
Y:
今もレースやってるの?
R:
やってるよ。今ねトライアンフの3気筒で08年型。年6、7回出てる。今年も4月から筑波とか出るはずだったんだけど、体制が整わなくて。6月から出るんだけどね。いまDEUSのファミリーチームという感じでエンブレム付けて走ってるんで。
Y:
観に行きたいので今度、連絡くださいね。
R:
ぜひ!
R:
俺は今普段乗ってるのはCB125の78年型。あるスワップミートで見かけて、一旦、前を通り過ぎて10m歩いたけど後ろ髪引かれて、衝動買い(笑)。他はプジョーとかのモペットバイクかな。大きいのはレースの時だけ。そもそも自分はツーリングタイプじゃない。子どもの頃からスピードが好きなんだよ。バイクってのはどんな種類であれマインドが大切。昔はバイクの種類でいうとハーレー乗り、ノートン乗りとか分かれてはいたけど、サーファーであってバイカー、もしくはバイカーであってサーファーだっていう垣根がないんだよね。
R:
以前、『BikeJIN』という雑誌で、「47歳からの挑戦」という連載コラムを一年間いただいたり、 雑誌『ライダースクラブ』でバイクとサーフィンのライフスタイルを「エンジョイライディング,サーフィン&ロード」という連載をしたりしていて。
Y:
そういうRIKUさんがやってたようなサーフ&バイクカルチャーの連載も今は『ライトニング』くらいしかないでしょ。そのライトニングでも中の2、3ページとかでしょ。だから、こうやって『bonneville』のようにいろいろなシーンのいろんな方々が関わって一冊の写真集が作られていくというのはとても良いことだと思いますね。
R:
まずはTAKAのバイクの世界があって、今日、ふたりで話しているようにライフスタイルがあって、そこから旅が始まって、海へたどり着いてサーフィンしてもいいし。つぎの展開が拡がっていくといいなと思うよ。

ボンネビルは
アメリカンカルチャーの原点のひとつ

Y:
サーフィンって続けていないとどんどん衰えていくから、億劫になっていったり。湘南だと目の前が海だからいいけど、僕のように大阪だと四国まで4時間、伊勢や和歌山まで3時間、日本海まで4時間掛けて、ガソリン代払って行くのが関の山でしょ。バイクだとエンジン掛ければどこへでも行けるから。
R:
ロードムーヴィーがすぐ出来ちゃう。
Y:
そう、そう。その中にサーフィンが入ってきたり…。もちろん、サーファーでバイク乗ってる人が結構いてるしね。
R:
そうだね、最近ようやく数が増えてきたね。この写真集もそういった傾向をなるべく反映できるようなニュアンスを含んだものにできればと。でもボンネビルの環境も悪化していて、塩が減り続けている。だから、今回の売上の一部をSALT THE SAVEという保護団体にドネーションしたいとも考えてるよ。それってやっぱりボンネビルっていう大自然の中でバイクを走らせているということと、海という自然の中で遊ばせてもらってるサーファーとしての意識がそういう行動をさせているんだと思う。
Y:
サーフ&バイク、そしてファッションも含めてね、60過ぎてこれから夢のあることを段階を踏んでやっていけたらいいね。
R:
俺たちがこれまでやってきたことを若い人たちが注目してくれてるけど、彼らはバーチャルな部分も多い気がする。俺たちは勝手に旅に行って、バイクもサーフィンも好きにやってきた。でもそれしかなかったよね。このボンネビルだって同じでバイクいじって走って、誰が一番早いの?ていう。この大きなフィールドで100年以上やってるんだよね。ここからいろんなカルチャーが生まれているよね。カスタムカルチャーもそうだし、Kで始まるカスタムカルチャーもそう。アメリカンカルチャーの中の原点のひとつだよ。

ヨーロッパ、そして、アメリカ
それぞれのバイク観

Y:
ボンネビルに出る人たちってサーフィンでいったらジョーズとかにチャレンジしている人たちと同じかもね。命懸けてるよね。参加者の最高齢は歳80以上?映画にもなったしね。「世界最速のインディアン」。
R:
まさにアメリカンカルチャーだね。
Y:
ぜひ、RIKUさんもカリフォルニアに行ってさ…。
R:
俺、日本でサーフィンとフットボールとバイクしかやってなくて。高2の夏休みに親父が行ってこいと勧めてくれた初めての旅がさ、自転車でヨーロッパ一周の旅。いろいろな文化を見てこいって意味だったんだろうけど。南回りでエジプトから入って…。
Y:
すごいね、その旅も。
R:
ところが欧州の街に行くと自分の憧れているバイク、カフェレーサーの本物なんてそれまで見たことがないわけ。もう興奮して旅から帰ってきてまたバイク熱が高まってね。なのでヨーロッパのレーシング嗜好が強くなったんだよね。
Y:
分かれるもんね、アメリカとヨーロッパに。でも歴史に関していうとやっぱりヨーロッパだもんね。
R:
でも造形的にはボンネビルに出てくるバイクも好きだし、チョッパーもそのバックグラウンドも含めて嫌いじゃないし。たまたま楽しんでいるのが今のスタイルっていうだけ。
Y:
以前、カリフォルニアに行ってたとき、ちょうど宮城光が居てあいつの家に泊まって。偶然にアメリカの知り合いで小川という雑貨を仕入れるヤツがいてて。光が日本にはもう負けるヤツがいてないし面白くないから、インディーズでアメリカにひとり単身で行ってスポンサーも無くやり出してた時に、ちょうど俺はサーフィンの仕事をしてたから、カリフォルニアに行ったら誰か知り合いの家に泊めてもらうのが当たり前になってた。その小川の家に居候してたのが光。そこで俺も「はじめまして」となったけど、その当時、光がそんなに有名なレーサーだって知らずに。その夜呑みに行って、いまRIKUさんと話してるようなことと同じ話を30歳くらいのとき、光と話したのをいま思い出して。光もサーフィンやってたじゃないですか。
R:
光さんのメカニックやってたのが前島さんという方で、俺、知ってるよ。みんなつながるんだよね。こんなふうにさ、ボンネビルのおかげでひさしぶりに会えたこの縁を、つぎの展開につなげられるよう、YOSHIもいっしょに考えていっしょに動いていこうよ(笑)。

もう違う人生は歩けないし、
バイクとサーフィン、これしか要らない

Y:
僕の場合、バイクで1か月くらいかけてアメリカ横断をする。これがやっぱり夢ですね。バイクだけにこだわっているワケじゃなくて二輪またがればどこへでも行ける。陸がつながっていなくてもフェリーがあるし。そこはもう、俺はハーレーダビッドソンだとか、趣味嗜好だけにこだわるんじゃなく、旅した先にバイクを置けば、そこには昔からのサーファー仲間がいるじゃないですか。海に行けば仲間がいて板があってサーフィンもする。自然の中で何にでも挑戦していきたいなと。
R:
海では「サーファー」という言葉があって、陸では「バイカー」という言葉がある。言葉は二分しているかも知れないけど、俺たちは「ライダー」だね。
Y:
そうです。横乗り系もみんな同じ。いちばん楽しいことを自分で作り出せるかと。それがたまたまサーフィンとバイクだったと。その中で60年、なんとか生きてこれたかなと(笑)。もう違う人生は歩けないし、これしか要らないと。何が楽しいかって、跨って、スピードを感じて。サーフィンも板の上に乗って、大きな波じゃなくても楽しめる。どっちも自然の中で遊ばせてもらうというかけがえのないことですね。

YOSHI.MIENO / 三重野 美夫
1958年生まれの59歳。バイクとの出会いは16歳。ダックスにカワサキのマッハ3。1976年ごろ世間は暴走族がチームを作っているなか、先輩に初めてサーフィンに連れて行ってもらい、ドップリとサーフィンにはまり単身ハワイへ。そして、初めてのメインランドの土を踏んだのが21歳。 サーフィンをしながら古着を日本に送ることから始めアパレル関係に入社。32歳にしてLAやNYなどのブランドの商品を卸す会社を起業。38歳からは3店舗を関西エリアにオープン〜現在に至る。
46歳で中型から大型免許を取得。ハーレーやBMWにはまり、現在も旅バイクとして乗り続けている。サーフィンも同じように行ける日は徳島や高知へ。どちらも自分的には同じ横乗り系で感じるものあり。バイクならラン、サーフィンならパドル。素直にそれだけを長年続けていられるライフスタイルを確立。

RIKU.EMOTO / 江本 陸
江本 陸のインタビュー記事はこちら
撮影協力:MAR-VISTA GARDEN
https://www.facebook.com/MarVistaGarden/

YOSHI.MIENO x RIKU.EMOTO